小雨が降っていて寒い朝だった。
朝飯をすませてからジミーに昨晩貸した千円札のことを聞くと、心配すんなと言って昨日のメシ屋に僕を連れていった。

ジミーは店の若い男に何か尋ねたが、千円札は一向に返ってこない。どうやら千円札を持ったやつは教会に行ってしまっているらしい。
今日はイースターなので朝から教会に行っているそうだ。

「ヘイ ジミー。君は心配するなと言ってたがお金は戻ってくるのか?」
「戻ってくるよ」
「しかしここにお金はないじゃないか。いつ戻ってくるんだ」
「だから…教会に行った奴が帰って来たら戻ってくるよ。それまで待っていればいい」
「おいおい。僕には十分な時間がないって言っただろう。今日中に国境を越えたいんだ。2時間くらいかかるのか?」
「…ああ、2時間くらいだ、多分」
「困るよ。そんなに待ってられない。ジミー、これは問題がある。お金の問題は重要なことなんだ。わかってるのか」
「わかってるよ。けど今日は雨だし、もう1日ここでゆっくりしていけばいいじゃないか」

僕はジミーの金銭の取り扱い方について呆れ、ショックを受けた。
昨晩、お金に困ってると言って僕からガイド料をもらったジミーが、僕の見せたお金を無責任に他人に貸してしまった。
大事なものだからちゃんと返してくれとあれほど言っておいたのに……。
「いい加減にしてくれ!もう宿に戻るよ」
「…わかったよ。じゃあ自転車を借りて教会まで行ってくるよ。とりあえず10ドル貸してくれないか」
「はあ?…もういい、僕は国境に行くよ」
僕はもう千円札をあきらめることにし、ジミーにきびすを返して振り返りもせずに宿へ戻った。
ジミーはついてくるかとおもったけど、追ってはきていなかった。自転車で教会に向かったのだろうか。

身支度を整えて宿をチェックアウトした。ジミーはまだ戻ってきていない。
少しの間待って、でも行くことにした。そのまま立ち去るのはちょっと気が引けて、短い置手紙を書いて宿のおばさんに渡しておいた。
何も知らないおばさんは少し笑って受け取ってくれた。
行こう。待っていても仕方がない……。



国境。ゲートやイミグレーションオフィスがある。
雨はとっくに止んでいつもの強烈な日差しが照りつけていた。
焼けた皮膚はまだ痛いけど、だいぶむけて回復に向かっているようだった。





WELCOME TO MALAWIと書いてある。マラウイの北の玄関口だ。

自転車で走っていると道端の子供が大声をあげて寄ってくる。
それはタンザニアもそうだったけど、国境を越えたとたん「ギブミーマネー!!ギブミーマネー!!」と叫ぶ声を頻繁に耳にするようになった。
挨拶もジャンボ!という挨拶からアロ!アロ!(ハロー)とまるで動物の鳴き声のように聞こえて何だか気持ち悪くなってきた。
子供だけでなく、なんと若い女性までがすれ違いざまにギブミーマネーと声をかけてくる。
人々の顔形は変わらないように見えるけど、世界がガラリと変わった気がした。日差しが強い。暑い。





あまりの暑さに休憩。ここにいる子供たちはギブミーマネーとは言ってこなかった。
店のお兄ちゃんも紳士的な態度でとてもホッとした。こういうときにまともな人と接するとものすごく安心する。
ここに来てはじめて、今まで使っていたスワヒリ語がまったく通じないことに気づいた。
チェチェワ語という民族語が国語らしい。一般的な公用語は英語なのでさほど問題はないのだけど、不思議な感じだ。





このあたりは米の産地で、田園が広がっていてちょっと日本の田舎を思い出させた。
だいぶ疲れていたけど、陽が傾いてきたので残りの30キロをほとんど休まずに全力で走った。息が切れても意地になってペダルを回した。





町に着いた。





道沿いにまばらに商店が立ち並んでいる。





マラウイ湖。
湖畔に宿はあったのだけど、近くに店らしいものがほとんどない。
今までの町と違って町全体の密度が薄い。ぽつぽつと店があるばかりで、家も店も広い範囲に点在しているようだった。
うろうろと宿を探している間に陽が暮れてしまった。虫がうようよ飛び交うようになってきて、走っていると目に入った。
仕方ない、とりあえずこの湖畔の宿にチェックインしよう。





シャワー。値段から言えば中級の宿に相当するようだったがそんなに綺麗ではない。
しかし贅沢は言ってられない。タンザニアより水の出がいいので助かる。水源が近いからか。





宿の人にお湯はないかと聞いてみたら、バケツに熱湯を入れてきてくれた。水を足して即席の風呂をつくり、足を丸めて浸かる。
こんな風呂でも疲れきった体にはとてもうれしい。

宿で粗末な食事をとってベッドに横になるとジミーのことが思い浮かんだ。
ちゃんとさよならも言わずに別れてしまった。最後に挨拶をしておけばよかった。今になってからものすごく後悔した。
昨日の夜のジミーのダハハという豪快な笑いかたや、得意げな顔や、下の前歯がひとつない間抜けな顔が次々と思い浮かんで涙が出た。
疲れきっているのになかなか寝つけなかった。

深夜、ものすごい豪雨の音で目が覚めた。ふと右の下の奥歯がとても痛い。
このところ疲れきってばかりでしっかり歯を磨いてなかったために急に虫歯が悪化したのだろうか。少し噛み合わせただけでズキンと痛む。
洗面所へ行って歯を磨いているとトカゲが落ちてきて驚き、洗面台にしこたま右ひざを打ちつけてしまった。
歯もひざも痛い。なんだか調子が悪い。




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